〜まおうのもり〜
ふかい もりのなかに まおうが いました。
まおうの まわりは いつも しずかでした。
とりも けものも まおうを みると おおいそぎで にげてゆくのです。
もりに まよいこんだ ひとも、かえるみちを おしえようとする まおうから にげてゆきました。
『あかいめの まおう
つののはえた ばけもの』
それが まおうに ぶつけられた ことばでした。
いずみを のぞきこむと ほんとうに あかいめを しているのです。にほんの つのが はえているのです。
きのみや くさのしるを かけても いたいばかりで めの いろは ずっと あかいままでした。つのは、ひっぱると あたまが われそうでした。
まおうには どうすることも できませんでした。
そんな あるひのことです。
わかい むすめが もりに いるのを まおうは みました。
ながく くろい かみをした うつくしい むすめでした。
「こんにちは」
むすむは まおうに きづいて いいました。
「いさせて もらって かまいませんか」
むすめの めは ほしのない よるでした。
そこに まおうの すがたは うつっていないのでした。
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「どうしたんですか」
まおうは できるかぎり やさしい こえで ききました。
おそろしいのが すがただけなら ほかのことで こわがらせては いけないと おもったのです。
ここは まおうのすむ まおうのもりです。わかい むすめが ひとりでくる ところでは ありません。
「むらを おいだされました」
むすめは こたえます。
「まじょと いわれました」
そのことばには まおうと ひとが いったときと おなじ ひびきが ありました。
「めが みえないのに いろいろのことが わかるのが おそろしいのだ そうです」
まおうは だんだんと こわくなってきました。
「なにが わかるんですか」
むすめが では ありません。まわりが また しずかに なってしまうことがです。
「あすの おてんきが すこし。
あめの ときには かぜに みずの においが まじります」
むすめの こえを ずっと きいていたいと まおうは おもいました。
「それから」
「ひとの こころも すこし」
むすめは わらって いいました。
「あなたが まおうですね」
むすめに かくしごとは できませんでした。
「むらを でるときに まおうを たいじすれば かえってきてもいいと いわれました」
「かえりたいのですか」
「いいえ。むらには かえりません」
むすめは はっきりと いいました。
「ぼくを たいじするのですか」
「いいえ。いいえ」
くびをふる むすめには まおうの きもちが わかっていました。
「ぼくと いてくれませんか」
「はい」
まおうと むすめは ふたりで もりに くらすように なりました。
むすめといると とりは にげませんでした。むすめが うたっていると けものが よってくることも ありました。
まおうも むすめの うたが だいすきでした。
ところが であったときと おなじように とつぜん むすめは いなくなってしまいました。
まおうは むすめを さがしました。
もりじゅうを さがしても いませんでした。
まおうは もりを でて むらへ むかいました。もりの そとに でるのは はじめてのことでした。
むらの いりぐちには おとこが いました。
「めの みえない むすめを しりませんか」
おとこは まおうを みても にげませんでした。
「さがしているのです」
むすめと すごすうちに まおうの つのは きえ、めのいろは もりのような みどりに かわっていたのです。つのの ない みどりのめをした まおうは どこにでもいる わかものでした。
「あいたいのです」
「あそこだよ」
おとこは ひろばを ゆびさしました。
むすめは ひろばで たくさんのひとに かこまれているのだそうです。
「むらおさの むすこを たぶらかした まじょ」
「まおうと つうじた むすめ」
はなれたところにいる まおうにも むすめに むけられたことばが きこえていました。
「ちがうんだ。むすめは むらおさの むすこに なぐさみものにされた」
まおうのかたに てを おいて おとこは いいました。
「あのおとこは それを しられたとき、むすめを まおうのもりに すてたんだ」
ちいさなこえでした。
「にげれば よかったのに」
「あなたは だれですか」
「むすめの ちちです」
まおうは ひとを かきわけて むすめに ちかづいてゆきました。
「もりへ かえりましょう」
むすめに こえを かけました。
「こないで ください。ころされて しまいます」
「しにません」
まおうは ひとりで もりにいたころ なんども しのうとしたことがあります。そのたびに しっぱいして まおうの からだは きずだらけでした。
「ぼくと いてくれるのでは なかったのですか」
「あのときは そのつもりでした。でも」
まおうには むすめの こえしか きこえませんでした。
「ここに あのひとの こどもが います。
きづいたのは、あなたと あったあとのことです。
あのひとに あいにゆきました。
このことを いいました。
そうしたら、まおうの こどもなのだろうと……」
むすめは なみだを ながしました。
「わたしは いい。だけど、このこは」
むすめの なみだが ぽたりと まおうに おちました。
「せめて このこは」
ほかの ひとの こえが まおうの みみに きこえてきました。
「まじょを もやせ」
ぱちぱちと きの もえる おとが していました。
すぐに あつくなってきます。
「ぼくは まおうだ」
まおうは さけびました。
ひとが にげてゆくかと おもったのです。
「ぼくが まおうだ」
あたりは しずかに なりました。
あかいめでは ありません。つのも はえていません。ひとの しっている まおうの すがたではありません。
まおうが のぞんだようには なりませんでした。
「ああ。そいつは まおうだ、あのまじょが よんだんだ」
だれかが いいました。わかいおとこの こえでした。
「りっく」
むすめの あいした おとこでした。
「りっく。やめて」
「もやせ」
ひには あぶらが そそがれ、いきおいよく もえあがりました。
「にげて」
むすめは まおうに いいました。
まおうは くびを ふって むすめに てを のばしました。
うでは はねに なって むすめを つつみました。
はねは かぜを おこし、かぜは ひを むらに おいやりました。
あとには まおうと むすめだけが のこりました。
「もういちど うたってください」
むすめは だまっていました。
「もういちど わらってください」
まおうは さっきよりも おおきなこえで いいました。
「もういちど こえを きかせてください」
むすめは こたえることが できませんでした。
「ぼくの まわりを しずかに しないでください」
むすめは しんでいました。
まおうは むすめの なきがらを もりに うめました。
そうして、もうにどと もりへは かえりませんでした。
「はい、おしまい」
話を終えたヴァッシュの隣りで、ウルフウッドは寝息を立てていた。
「ありゃ、寝ちゃってたか」
言いながら、それでもヴァッシュはウルフウッドに話しかける。
「これは本当のことなんだよ。魔王は今も旅をしているんだ」
ひっそりと静まりかえった森を想う。
「ねえ、ウルフウッド」
それは誰の心にもある森。
「きみといると毎日にぎやかで、ぼくとても幸せだ」
呟いたヴァッシュの額の生え際には、かすかにまるく髪の生えていない箇所が左右に一つずつある。
「おやすみ」
ウルフウッドに身を寄せて、ヴァッシュも目を閉じた。

朝起きて一番にウルフウッドはヴァッシュに訊ねた。
「なあ、まおうてどないなったん。わい、しまいまできけんかってん」
「どこまで聞いてたの」
「まおうが、むすめと、もりにいてるとこまで」
話の先をせがむ。
「また今度ね」
「けちんぼ」
「お楽しみは大切にとっておくほうがいいよ」
ヴァッシュが言うとウルフウッドは不承不承うなずいた。
「ん。やくそくな、ぜったいやで」
と、小指を立てる。
ヴァッシュも自分の指を出してそれに絡めた。
「せやけど、これだけはおしえて」
指切りをしながらウルフウッドはまたヴァッシュにきいてみる。
「まおうは、しあわせになれたん」
「なれるさ。きっとね」
聞いてくれてありがとう。
話したいことはまだまだたくさんあるんだ。
森を出た魔王の旅のこと。
旅の途中で出会った人たちのこと。

「そんならええんや」
結びの一文は、もう決まっている。
いまでは まおうの まわりは とても にぎやかで、まおうは もう さみしくなど ありませんでした。
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