宿に戻ったヴァッシュは買い出してきた品々をベッドに並べた。 明朝ここを発つ。 「あ。なんだろこれ、て、保険屋さんたちのか」 その中に買った憶えのないものがあった。薬局の袋に入った一壜のクリーム。 「あー、ベンチで話してたときだ。あのときわきに荷物……」 言ったところで戻ってくるものではない。 どうしたものかとヴァッシュは腕を組んだ。 「ものがものだけに言いづらいよなあ」 ちらっと壜に目をやる。 『砂があなたを引き締めます』というふれこみで売り出している美容クリームだ。 「女の子はやっぱりこういうもの買ったってこと知られたくないよねえ」 はあとため息をひとつ。 美しく見せるための努力は女性にとって異性に触れられたくない話題のかなり上位にランクインする。 「ん。よし、気づくのを待って何か言ってきたら見なかったことにして返そう」 そうしようそうしよう。方針を決めてヴァッシュは壜をまたもとのようにしまいなおした。
日が暮れて夜になるとウルフウッドも戻ってくる。 「荷造りすんだか」 「んん〜、それがさあ。ちょおおっとまずいことになっちゃって」 テーブルの上に置かれた紙袋を見てウルフウッドは嫌な顔をした。 「あのね。これ……」 保険屋さんたちの内緒の買い物で、こっそり返したいんだけど。ヴァッシュにみなまで言わせない。 「またろくでもないエログッズか」 鋭く言い放つ。 「アホな文句に釣られて買うたんやろ、この変態赤コート」 「ちがうよウルフウッド。そうじゃなくて」 「聞く耳もつか、スケベトンガリ」 色々あってウルフウッドは疑り深くなっている。 反省すべき点はヴァッシュにも山ほどあってのことなのだが、今回は疚しいことはないし疑われるいわれもないはずなのだ。 「なんだよそれ、そっちだって楽しんでるくせに」 「オドレの所為やハレンチ台風」 一度二度ならまだ許そう。 「エロスタンピードに毎度毎度付き合わされるこっちの身にもなれっちうんや」 だが四度目。 どんな善人でもね、ウルフウッド。 許せるのはせいぜい三度目なんだよ。
ハッと口を押さえたときにはもう遅かった。 普段のへらりとした顔つきとは違うヴァッシュの表情。悪鬼のごとき形相だ。 「ウルフウッド」 呼ぶ声音。 本能的な恐怖に身が竦んだ。 あとずされば壁際に追い詰められる。 「これはね」 袋から壜を取り出してヴァッシュは歩いてくる。 「美容クリーム」 歩きながらきゅると蓋を開ける。 「でもきみがそう言うならちょっと試してみようか」 低い声に息を呑む。 空調設備のない安宿。高い室温にやわらなかくなったのを指がすくう。 頬になすりつけられた。 ぬめりの中に妙な感触がある。 「砂だよ」 酷薄な笑み。 「痛くはないだろ。これで贅肉殺ぎ落とすんだってよ」 もうひとすくい、胸のキャンバスへ落書きをする。 「っ、痛いわアホ」 凸部で何重にも指が円を掻く。 「めや、血、出る」 「んなヤワにできてないだろ」 「きたえれるとこ、ちゃうし。も、えかげん放せ」 「これからいいとこなんじゃん。変態でスケベでハレンチなんだろ俺」 咄嗟に股間を押さえてウルフウッドは首を振った。 「ジョークやがな、ホンマは優しいトンガリさん」 涙目になっているのが自分でもわかる。 「ワイこんなん嫌や」 「好きだろ」 手の上から膝頭でヴァッシュはウルフウッドのその部分を押した。 押しつけた膝を声立てるまでしつこく揺らす。 手の下で増加する体積、布越しに伝わる熱が不快。 けれどそれ以上に看過できない問題。 かゆい。 「だ、れがや」 耐えきれず頬につけられたのを肩口でこすり落とす。 「どうしたの」 たずねてくるヴァッシュを睨みつける。 へえと呟きを漏らしてヴァッシュは笑む。 指先で胸元をなぜる。 「うあ、ちょ、何すんねん」 かゆいかゆいかゆいかゆいかゆい。 丸めた背の肩から上着を外された。 「熱いのは脂肪が燃えてるんだって」 ふくれて表面積を増した突起に意気を吹きかけられ身をふるわせる。 「こんな風にも使えるんだね」 ワイシャツのボタンがひとつボタンホールから離れた。 「ね、どんな感じ。やわらかいとこにも塗ってみようか」 またひとつ。 指が三日月の形に胸をなぞる。 「も、えやろ、ワイかて」 また、ひとつ。 「ワイかて」 ためらいを追いやってウルフウッドは言った。 「変態でスケベでハレンチや」
くうっ、たまんねえ。 ウルフウッドの様子にヴァッシュはボルテージを上げていた。 「どうしたい」 これって、ひょっとして羞恥プレイってやつ? んっふっふー、この調子でああーんなことやこおーんなことまで言ってもらおうじゃないの。目にいっぱい涙ためていかにも不本意だって感じでさあ。 「かきたい」 やや異なるイントネーションで告げられた言葉に少しだけテンションが下がる。 「かきたい、かいんや、変なの、ぬられたとこ」 か ゆ い ? 色っぽくないオネダリだなあ。内心舌を打つ。 「かかして、あし、はなして、や」 とはいうものの。 必死に訴えるウルフウッドの切なげな表情、声音、仕草。 これはこれでいいかもしんない。 「だめだよウルフウッド」 目を合わせて唇をなぞる。 「ワムズの巣に迷いこんだ人間がどうなるか知ってる」 いじめちゃえ。 「あいつらの体液って肌につくとかゆくなるだろ。ねろねろに浴びせられて胸腹背中、かゆみおさまるのってかいたとこだけでさ。あちこちかきまくるのがまるで、踊ってるみたいに見える」 実は半分ほど嘘だ。 「爪が皮膚を破ればあとはもう地獄。そこからかゆみの成分が浸透してちょっとやそっとじゃ落ちなくなる。そうして気が狂いそうなかゆみの中、死ぬまで踊りつづけるんだ」 だまされて怯えているウルフウッド。 「ひどいのになると岩肌に身体こすりつけたりナイフやなんかで身をそいだりもする」 言葉をなくしているのへ優しく囁く。 「そんな風になりたい?」 ふるふると首を振る。 「ま、これはそこまでじゃないだろうけどさ」 駄目押しに笑いかけてやる。 「念のため縛っとこうか」 こんなチャンスめったにない。 楽しませてもらうよ。
後ろ手にタオルを巻かれその上から荷紐でくくられる。 「洗い流せば大丈夫」 言われてウルフウッドは紐を軋らせる。 「何、頭ぬくいこと言うてんね」 痛みにならば耐えられる。 でも鋭敏化された感覚が伝えるこのかゆみ。 「シャワー、なやろが、ここ」 本当に安い宿なのだ。 「うん。だから協力するって」 なのに悪びれもせずヴァッシュはしれっと言いのける。 「汗で流すくらい激しいのしよう」 「っっっっっんの、どグサレ外道おおおおっ」 ウルフウッドは吠えた。 「いいのかな、そんなこと言って」 ヴァッシュがそおっと肌をなぜる。 「あっ、や、めや、ちょ」 かゆみがぶり返す。 「な。だろ? それに、人間色々いっぺんに感じるようにできてないからさ、よくなったらそんなの吹っ飛ぶよ」
指は性急に快楽を引きずり出す。 ライトニングの名は伊達ではない。 肌を伝う汗が薬品を流す。 不意に動きが止まる。 「入れるよ。かゆいのはもういい?」 確かめる手。 「まだや、もっと」 促がす声。 ウルフウッドは踊った。 あとでヴァッシュも踊らされた。
鉛弾よけのダンス。
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