・夢・
目の前のウルフウッドは妙に小奇麗に笑っていた。
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一人で旅をするようになって何が変わったかといえば寝起きが極端に悪くなった事だろう。欠伸をかみ殺しながらぼやけた視界を無視して階段を下りた。それでも長逗留しているせいか足取りは危なげない。 「おはようさん」 宿の主人が声を掛けるのに声を出さずに会釈で返す。テーブルに着き、いつ読んでも代わり映えのしない新聞を広げた。 「どうしたの。何か機嫌悪そうじゃない」 「うーんちょっとね・・・あー俺今日朝飯いらないかも」 「何だい、また夢見が悪かったのかい?」 トレイを運んできたおかみさんに伝えるともう朝食って時間でも無いけどね、と苦笑された。コーヒーだけを貰う。 |
「あっそうだ、シャベル貸して貰える?」
そう言うといつも怪訝そうな顔をされるが笑ってごまかす。
曖昧な笑顔は標準装備だ。
何に使うか伝えてないのは訊かれないからで、
尋ねられれば答える用意はしてある。
それに納得するかしないかは言われた側の問題だ。
ヴァッシュの知ったことじゃない。
「じゃあこれ詰めてお弁当作ろうかね」
バゲットとハムエッグ、サラダの残ったトレイを引き揚げた丸っこい背中が厨房に向かう。
ヴァッシュはこの小さな宿が大好きだ。
時々思い出したかのように穴を掘った。
大抵は暇を持て余した時だ。
シャベルを持ち歩いているわけではないので宿から借りる。
宿に置いてなければ買う時もあった。不必要な出費だ。
しばらくメリルとは会っていなかった。
夢の話をしようか、とヴァッシュが言うのでミリィは黙って頷く。
別に聞きたい訳でもないが、喋りたいことはあらかた喋ったので次はヴァッシュの番だ。
律儀にそう思う。
それに何よりミリィは静かな空間というのが苦手だった。
特にへらへら笑うだけのヴァッシュの隣で沈黙が続くといたたまれなくなる。
黙り込まれるよりは何の足しにならない会話でもあった方がましだ。
もっともそんな間の悪い思いをしているのはきっとミリィだけで、
ヴァッシュは特に何も感じていないんだろう。理不尽だ。
コップの底のコーヒーが氷で薄まっているのさえヴァッシュのせいに思えてくる。
八つ当たりのようにストローを掻き回すと氷がグラスに当たる音が小さく聞こえた。
カツンと響く音が妙に心地よくて、こんな沈黙もたまにはいいかもしれない、
と思ったのにヴァッシュは構わず喋り出す。
他人の夢の話ほどつまらないものはない。
いつ聞いてもあまり変わり映えしないヴァッシュの夢の話は退屈だ。
それでもミリィは黙って聞いてやる。
…誰に
話している つもりなんですか? |
義手は死体と一緒に捨ててきた。 |
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「作らないんですか」 メリルとの電話越しのやりとりを不意に思い出す。あれはいつだったんだろう。 「義手。今ならもっといい性能のが簡単にできるって聞きましたけど」 あれ以上精巧なのもどうかと思うけど。 「うーん、別に片腕でもそんな困んないしね」 「私が見るのが嫌なんです」 ヴァッシュが何故左手を捨てたのかメリルは訊かなかった。それはメリルの賢さだ。 氷の溶ける音に手の中のグラスを見た。こちらから会いに行こうか、とミリィに言うと無邪気に喜ばれたのでもう少し早く言い出せば良かったと思う。もっともメリルから歓迎されるかどうかは分からないが。 相手の都合を考えないのは昔からだ。 |
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ウルフウッドがあんな笑顔で笑い掛ける訳がなかった。
だから未だに全部夢だったのかもしれないと思っている。
髪越しに掴んだ地肌の熱を思い出せない。
ぐしゃぐしゃに掻き回した黒髪のごわついた感触も、
不機嫌さを装った表情も鮮明に憶えているのに、
なぜかそれだけが思い出せない。
右手を握り締める。ゆっくりと開く。思い出せそうな気がして、その動作を繰り返す。
そして諦める。
]忘れたくても忘れられないと思っていたのに。でこぼこした記憶。
憶えていたのは義手の方だったんだろう。
勿体無いことをしたと初めて思った。
…次は何を忘れるんだろう。
穴を掘り終わる頃に次の町へ発つ。墓が完成したことは無かった。
このまま行く先々で穴掘ってったら、そのうちこの星、球形じゃなくなりますよ、とミリィが笑った。
今日もまた夢を見た。
多分明日も見る。
その夢の話をもう隣にいない牧師に話し掛ける。不毛な日課だ。
掘り終わったら何を埋めればいいんだろう
佐々木コメント>>
牧師台風より先に死ぬよな。
それをきっと台風さんは泣いてあっさり忘れるよな、
というのがトライガンを見て思う私の予想。
…記憶と引き換えに明らかにおかしくなってってるトンガリさんが実に好みでした。
あーあ、このぐらい原作台風も牧師のこと好きだったら良いのに(無茶言うな)。
フクダ様有難うこんな女に素晴らしいものをくれて。変な映像にして御免なさい。
あとミリィこんな性格だったらマジで好みだと思う次第。
さて心理描写の細やかな原作をどうぞ。(雰囲気を大切にするため挿絵は入れてません)>